MLMの歴史を少し見てみましょう。
前回もお話しましたが、MLMは1930年代にアメリカで始まりました。
当時のアメリカのメディアを見てみると、1920年に世界最初のラジオ局KDKA
がアメリカ・ピッツバーグで放送を開始した後、メディアとして急速に伸びてきた
時代です。
しかし、メディアの中心はやはり新聞等の出版物であり、広告、マーケティングは
まだまだ、出版物が中心の時代でした。
そんな時代に、カリフォルニア州のカリフォルニアビタミン社(1934年創業)が最初に
MLMを取り入れたとされています。
アメリカでは元来訪問販売が盛んでした。
国土も広大ですので、都心から離れて住む人たちは、情報も少なく、飛び込みの
セールスも歓迎されていたのでしょう。
しかし、訪問販売においても、当然、消費者と販売者は別々の存在でした。
カリフォルニアビタミン社は、この訪問販売を発展させ、
商品の愛用者である消費者自身が、同時に販売員であるとする、
突拍子も無い販売システムを作り出したのです。
訪問販売の文化の上に、発展形としてMLMが出来上がったわけです。
MLMを取り入れることは、企業にとって大きなメリットがありました。
消費者自身が、宣伝と販売をやってくれる上に、定期的に購入してくれるのですから
こんないい話はありません。
従来必要だった、
人件費と広告費を大幅に削減し、
店舗も不要、
中間マージンも発生しない・・(中間流通過程がほとんどありません)
で、浮いた経費を販売促進費として消費者自身に還元するのです。
ですから、MLMでは企業利益を損なうことなく運営ができます。
また、良い商品を扱っているものの、広告・宣伝費用を捻出できずにいる中小企業
にとってMLMは、流通ネットワークを開拓する鍵と成ります。
しかし、やがて、消費者兼販売者に利益が還元されるこの「利益配分方式」
が悪用されることになります。
この「利益配分方式」だけを利用して、粗悪な商品を流通販売させて金儲けを
企てる業者が出現したのです。
これが、前回お話した「ピラミッド商法」です。
この、「ピラミッド商法」のマイナス・イメージがMLMと同一視されているところに、MLMに対する偏見の源があるのは前回お話したとおりです。
では、日本においてはどうだったのでしょうか?
1963年に家庭用密封容器を主力商品とするタッパーウエアというアメリカの会社
日本でMLMを開始したのが始まりだとされています。
**あの冷蔵庫にあるタッパーですかね?
1968年、同じくアメリカの会社で洗剤を扱うスワイプジャパンが上陸しました。
そして、この頃まではこのアメリカ生まれのMLMが世間を騒がすことはありません
でした。
事情が一変するのは、
1970年代初め
APOジャパン(カー用品)、
ホリディマジック(化粧品)、
ベストライン(洗剤)
が日本で活動を開始しだしたころです。
これらはいずれもアメリカの連邦取引委員会が示した「ピラミッド商法の構成要件」を
ことごとく備えていました。
またこれらの会社の、人集めの技術に優れていたこととが、ネットワークビジネスにと
っては不幸なことだったといえます。
これらの会社はMLMに対する偏見の源であり、偏見に値する内容を実際に持っていました。
この時期、MLMとピラミッド商法は特に区別されることなく、ともにマルチ商法と
呼ばれていました。
そのマルチ商法が訪販法で「連鎖販売取引」と規定され、きびしい規制を受けることに
なったわけです。
この法律で規制されたのはピラミッド商法だったにも関わらず、MLMもこの枠内に
閉じ込められ、正しい姿を広く知ってもらうことが難しくなってしまったことは、
MLMの不運としか言いようがありません。
さて、この時代日本では、もうひとつの社会的な大問題が進行していました。
そう、あの「ネズミ講」です。
次回は「ネズミ講」について・・・・